「移行したければ、当社で対応します」の本当の意味
「現在のシステムから別のシステムに移行したいのですが、データを提供してください」 「データ移行は弊社で対応します。他社での移行は保証できません。費用は300万円です」
システムを変更したいのに、データが取り出せない。取り出せても、現行ベンダー経由でしか移行できない仕様になっている—これは偶然ではなく、計画的な囲い込み戦略です。
本記事では、なぜデータ抽出が独占されるのか、その巧妙な仕組みと、移行の自由を取り戻す方法について解説します。
なぜ「データが取り出せない」のか?
意図的に作られた技術的障壁
システムを長期的に囲い込むため、ベンダーは様々な技術的障壁を設けます:
障壁1:独自データベース形式 汎用的なSQL Server、MySQL、PostgreSQLではなく、独自開発のデータベースや、特殊な暗号化を施した保存形式を採用。標準的なツールでは読み取れない状態にする。
障壁2:データの分散保存 意図的にデータを複数のテーブルや複数のデータベースに複雑に分散。単純なエクスポートでは完全なデータが取り出せない設計。
障壁3:エクスポート機能の欠如 「CSV出力」「データバックアップ」などの基本機能が意図的に実装されていない。または、あっても一部データしか出力できない。
障壁4:独自コード化・暗号化 顧客番号や商品コードが、システム内部では独自の暗号化された形式で保存。元の形式に戻すには、ベンダーの専用ツールが必須。
障壁5:リレーション情報の非公開 どのテーブルとどのテーブルがどう関連しているか(データ構造図)を公開しない。データを取り出しても、組み立て方が分からない状態。
「できない」理由の本音と建前
ベンダーがデータ抽出を拒否する際の常套句と、その本当の意味:
建前:「データ構造が複雑で、他社では対応できません」 本音:複雑にしているのは当社。わざと分かりにくくしてある。
建前:「データ移行の品質を保証できません」 本音:品質の問題ではなく、顧客を手放したくない。
建前:「セキュリティ上、データを外部に出せません」 本音:セキュリティなら暗号化して渡せばいい。それすらしないのは囲い込みのため。
建前:「システムが動作しなくなる可能性があります」 本音:単にデータを読み取るだけで、システムが壊れることはない。
建前:「カスタマイズが多く、標準的な移行ができません」 本音:カスタマイズを推奨したのはベンダー自身。今になって障壁にしている。
移行時の高額請求の構造
仮にデータ抽出に応じても、法外な費用を請求されるケース:
パターン1:「データ移行は当社で」 「他社への移行作業は、弊社で実施します。費用は300万円です」 → 移行先ベンダーなら50万円で済むのに、6倍の金額
パターン2:「データクレンジング費用」 「データに不整合があるため、クレンジングが必要です。200万円です」 → そもそも不整合を生むシステムを作ったのは誰?
パターン3:「段階的な抽出」 「一度に全データは出せません。段階的に抽出します。1回50万円×10回=500万円」 → なぜ一括でできないのか不明
パターン4:「検証費用の上乗せ」 「抽出したデータの検証作業が必要です。別途100万円」 → 正しいデータを保存しているなら、検証は不要なはず
これらは全て、移行を諦めさせるための価格戦略です。
「移行の自由がない」ことの経営リスク
データが取り出せない状況は、深刻な経営リスクを生みます:
- システム選択の自由がない:不満があっても変更できない
- 価格交渉力の喪失:保守料金を値上げされても対抗手段がない
- 技術進化への対応遅れ:クラウド化、AI活用などの最新技術を導入できない
- 事業承継の障害:M&Aや事業売却時に、システムがネックになる
- 災害時のリスク:ベンダーが被災・倒産したら、データ復旧ができない
つまり、経営の自由そのものが奪われている状態です。
データ抽出独占から脱出する戦略
戦略1:契約書の見直しと明文化
まず、現在の契約と権利関係を確認しましょう。
確認すべき項目:
- データの所有権は明記されているか?
- データ抽出・エクスポートの権利は明記されているか?
- 契約終了時のデータ返却義務は明記されているか?
- データ形式(CSV、SQL、Excelなど)は指定されているか?
- データ返却の期限は明記されているか?
- データ返却に費用がかかる場合、上限額は設定されているか?
契約にない場合: 次回更新時に、以下を追加交渉しましょう:
「契約終了時には、全データをCSV形式で30日以内に無償で提供する」 「データ所有権は顧客にあり、いつでも抽出を要求できる」 「データ抽出費用は、○万円を上限とする」
戦略2:段階的なデータ取得
いきなり全データを要求すると拒否される可能性が高いため、段階的にアプローチ:
第1段階:定期バックアップの取得 「災害対策のため、毎月バックアップをUSBで提供してください」 → 拒否しにくい理由で、データの一部を手元に置く
第2段階:主要データのCSV出力 「経営分析のため、売上データと顧客マスタをCSVで出力する機能を追加してください」 → 少しずつ、データを取り出せる状態にする
第3段階:全データの定期エクスポート 「月次で全データをエクスポートし、外部ストレージに保管する仕組みを構築してください」 → 移行時の準備を整える
戦略3:技術的な独立性の確保
可能であれば、以下の技術的手段を検討:
手段1:データレプリケーションの導入 本番データベースから、読み取り専用の複製データベースを作成。これにより、ベンダーに依存せずデータを確認・抽出できる。
手段2:ETLツールの導入 定期的にシステムからデータを抽出し、自社管理のデータウェアハウスに蓄積。Talend、Apache NiFiなどのオープンソースツールを活用。
手段3:APIの実装要求 システムにAPI(データ取得用の窓口)を実装してもらう。これにより、外部からプログラム的にデータを取得できる。
手段4:データベースの直接アクセス権 読み取り専用のデータベースアクセス権を要求。これが最も確実だが、ベンダーの抵抗も最も強い。
戦略4:法的手段の検討
ベンダーがデータ返却を拒否する場合、法的対応も選択肢です。
根拠となる法律・原則:
- データの所有権は顧客にある(一般的な解釈)
- 契約終了時のデータ返却義務(信義則上の義務)
- 独占禁止法(不当な取引制限・優越的地位の濫用)
法的手段の流れ:
- 内容証明郵便でデータ返却を正式要求
- ベンダーが拒否した場合、弁護士を通じて交渉
- 必要に応じて、仮処分や損害賠償請求を検討
実際には、内容証明郵便の段階で折れるケースが多いです。
戦略5:移行専門ベンダーの活用
「データ移行は現行ベンダーしかできない」は嘘です。
移行専門ベンダーができること:
- リバースエンジニアリングでデータ構造を解析
- バックアップファイルからのデータ抽出
- 暗号化されたデータの解読(合法的な範囲で)
- データクレンジングと新システムへの投入
費用は50万円〜150万円程度。現行ベンダーの300万円と比べると、半額以下です。
戦略6:最後の手段—システム全面刷新
どうしてもデータが取り出せない場合、思い切った決断も:
選択肢1:クラウドERPへの全面移行
- 過去データは手入力または諦める
- 新システムで新たなスタートを切る
- 長期的には、データポータビリティが保証されたシステムを選ぶ
選択肢2:パラレルラン(並行稼働)
- 新旧システムを一定期間並行稼働
- 新規データは新システムへ
- 過去データは必要時のみ旧システムを参照
選択肢3:スクレイピング技術の活用
- 画面から表示されるデータを自動収集
- 完璧ではないが、主要データは取得可能
- 法的・契約的にグレーゾーンなので要注意
実際にデータ抽出独占から脱出した事例
運送業L社の場合(従業員60名)
状況: 20年前に導入した配車管理システムから、クラウドERPへ移行したい。しかし「データ移行は当社で。費用は500万円」との回答。新システム導入費用と合わせると1,000万円超に。
対応:
- 契約書を確認→データ返却に関する記載なし
- 「CSV形式で全データを提供してください」と文書で要求
- ベンダーが拒否→弁護士を通じて内容証明郵便
- ベンダーが「データ抽出費用100万円」と譲歩
- さらに交渉し、最終的に30万円で合意
結果:
- 当初500万円→最終30万円(94%削減)
- データを取得後、移行専門ベンダーに依頼し、80万円でクラウドERPへ移行成功
- トータル費用を390万円削減
医療機器販売M社の場合(従業員40名)
状況: Accessベースの販売管理システム。ファイルがパスワードで保護され、構造も非公開。「データ移行は当社専属の技術者しかできません」と言われる。
対応:
- IT専門の弁護士に相談
- 「データは顧客の資産。アクセスを制限する法的根拠を示してください」と要求
- ベンダーが法的根拠を示せず
- データベースのパスワードとテーブル構造図を提供させることに成功
結果:
- データを自社で管理できる状態に
- 移行専門ベンダーに依頼し、60万円でクラウドシステムへ移行
- ベンダーロックインから完全に解放
食品製造N社の場合(従業員55名)
状況: ERPベンダーが廃業を発表。急遽、別システムへの移行が必要に。しかし「データ抽出は○○形式しか対応していない」と言われ、その形式に対応できる移行先ベンダーが見つからない。
対応:
- 廃業ベンダーの技術者に直接交渉(会社ではなく個人に)
- 「最後のご奉公として、汎用的な形式でデータを出してほしい」と依頼
- 技術者が良心的に対応し、SQL形式でデータを提供
- そのデータを元に、複数社が移行提案を提出
結果:
- 当初「移行不可能」と思われた状況から脱出
- 競争入札により、最も条件の良いクラウドERPベンダーを選定
- 災害レベルの危機を、むしろ最新システムへの移行のチャンスに転換
まとめ:「データポータビリティ」は経営の基本権利
データを自由に取り出し、移行できることは、現代の企業経営における基本的な権利です。この権利が制限されている状況は、決して正常ではありません。
今日から始められること:
- 現在のシステムから、実際にデータを取り出せるか試してみる
- 契約書でデータ返却の規定を確認する
- 次回契約更新時に、データポータビリティ条項を追加する
- 新システム導入時は、必ず「データ移行の自由」を確認する
「今のシステムから逃げられない」という状態は、経営の選択肢を狭め、長期的には企業競争力を損ないます。
データの主導権を取り戻すことは、単なるシステムの問題ではなく、経営の自由を守ることです。
もし現在、システム移行を考えているのにデータが取り出せず困っているなら、一人で悩まず、専門家に相談してみませんか?
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